豪華キャスティングによる群像オムニバス【映画レビュー】『怒り』あらすじ&感想(ネタバレ無し)
2020/04/02
TSUTAYA DISCASのDVDレンタルで映画『怒り』を観たので、その鑑賞記録です。
画像:映画.comより
あらすじ
槙洋平(渡辺謙)は、3ヶ月前に家出して行方が分からなくなっていた娘の愛子(宮崎あおい)が見つかったとの知らせを受けて、新宿の歌舞伎町に来ていました。
画像:映画.comより
風俗店で働き、心も体もボロボロになった愛子を見つけて、叱るでもなく悲しげな表情でじっと彼女を見つめる洋平。
自宅のある千葉へ向かう電車の中、少し元気を取り戻した様子の愛子を見て、洋平はやっとわずかですが安心したような気持ちになります。
晩ご飯に寿司でも食べるかと尋ねる洋平に、少し知的障害のある愛子は年齢よりも幼い口調で「お父ちゃんのオニギリがいい」と答えるのでした。
千葉
洋平の働く漁港のある町の駅に着くと、親戚の女性が車で待っていてくれました。
降り出した雨の中、二人で車に乗って家まで送ってもらう途中、合羽を着て自転車で走っている田代(松山ケンイチ)を見つけます。
彼は洋平のところでアルバイトとして2ヶ月前から働いていて、仕事には真面目ながらも口数が少なく、ハッキリと素性の分からない印象のある男でした。
家に戻って普通の生活を始めるようになった愛子は、そんな田代にも、すぐに打ち解けて親しげに話をするようになります。
田代のほうも、屈託なく明るく接してくれる愛子に、次第に心を惹かれるようになっていったのでした。
画像:映画.comより
東京
ゲイの集まるパーティーで、陽気に踊っている藤田優馬(妻夫木聡)。
楽しそうな彼でしたが、仲間の誘いを断ってパーティーから抜け出して向かったのは、病気で死期の近い患者の緩和ケアをするためのホスピスでした。
末期がんで余命わずかな母親の様子を見るために、このホスピスに通うのが優馬の日課なのです。
ベッドに横たわり、温泉に行ったときの夢を見たと言う母親に、「また行けばいいよ」と励ますように優しく答える優馬でした。
ある日、優馬はゲイの集まる新宿のサウナで、大西直人(綾野剛)という男と出会います。
半ば無理やりのように直人と関係を持ち、行き場が決まっていないという彼を自分の家へ誘う優馬。
やがて直人が優馬の部屋で暮らすようになり、二人の同棲生活が始まります。
物静かで自分のことをあまり話したがらない直人でしたが、不思議な心地良さを感じる二人の生活を続けるうちに、優馬は次第に彼への信頼感をつのらせていくのでした。
画像:映画.comより
沖縄
男にだらしがない母親が起こした問題のせいで、逃げるようにして親子で沖縄の離島にやって来た小宮山泉(広瀬すず)。
ある日、彼女は同じ高校の男友達の船に乗せてもらって、小さな無人島へとやって来ます。
探検気分で一人歩き回る泉でしたが、誰もいないと思っていたその島で若い男(森山未來)に出会うのでした。
彼はバックパッカーとして旅をしている途中で、今はしばらくこのあたりで暮らしているとのこと。
泉が帰ろうとすると、男は少しだけ用心するような目をして「自分のことを人には言わないようにして欲しい」と口止めするのでした。
どことなく胡散臭さを感じながらも、その自由な生き方と気ままな旅行者らしい様子に興味を持った泉は、一週間後また彼に会うために島を訪れます。
再び現れた泉に驚きながら、やがて警戒心を解いたように男は自分の名前を田中だと名乗りました。
親しげに歓迎してくれる田中に、泉もすぐに打ち解けて、まるで兄と妹のように楽しそうに島での時間を過ごしたのでした。
画像:映画.comより
八王子
今から、およそ一年前のこと。
東京の郊外、八王子の住宅街にある一戸建てに住む夫婦が殺された事件の現場。
通報があって駆けつけた刑事は、閉め切られてサウナ状態になった室内を懐中電灯で照らしながら、部屋の中を調べています。
キッチンに散らかっている、犯人が食べたと思われる果物などの食料品。
やがて刑事は、血しぶきの飛び散った風呂場に横たわる夫の刺殺体と、浴槽の中で絞殺されている妻の遺体を発見します。
さらに、開かれたドアに隠れた壁で見つかった、被害者の血で書かれた「怒」という大きな文字。
その後、目撃情報から作成したモンタージュを使った警察の捜査にもかかわらず、犯人と思われる男の行方は一切つかめないまま一年の月日が過ぎました。
犯人の男は、いったい今どこに身を潜めているのか?
そして、疑惑と信頼の3つの物語が始まるのでした。
感想
吉田修一さん原作の、同名小説を映画化した作品。
概ね原作と同じストーリーなんですが、ラストの部分は映画のオリジナルに若干変更されてまして、原作のファンとしてはそのへんをどう感じるかで評価が分かれるようです。
タイトルは『怒り』となってまして、作中でもそれがある種キーワードとして扱われているとはいえ、話の内容としては「怒り」というよりも「疑惑」とか「信じる」といった言葉がテーマになっている気がしますよ。
ストーリーは、東京・千葉・沖縄を舞台とした3つの物語のオムニバスのような構成で、それぞれがまったく無関係ながらも1つの殺人事件が唯一の共通点となっています。
各舞台のキーパーソンとなる3人の人物の内、誰かが事件の犯人ではないかと匂わせながら、そのまわりでの登場人物の関係や心の動きを描いた作品になってるんですね。
ですから誰が真犯人なのかが気になるところではあるんですが、ストーリーとしては推理モノでも犯罪モノでもミステリーでもなく、様々な登場人物の群像劇と呼ぶのが適当でしょう。
犯人の風貌とよく似た顔の3人の登場人物は、それぞれが自分を信頼してくれる相手に出会って、交流を持つようになります。
ところが物語の終盤で、警察の捜査で犯人が整形したという事実が判明し、その整形後の顔写真がTVで公開されることによって、3つのストーリーがそれまでとは大きく違う方向に動き始めるのです。
そして、それぞれの結末へと向かっていき、いちおう事件は解決して物語りも幕引きを迎えます。
ただ、見終わった後のカタルシスや納得感は、まったく感じられませんでしたね。
なにしろ殺人事件の犯人の動機というものが、けっきょくハッキリとは分からず仕舞いですし、ほかにも何だかやりきれないような思いが心に残る映画でしたよ。
とはいえ、2時間以上の長尺が退屈に感じられず、不思議に引き込まれて最後まで観ることができたのは、ひとえに役者陣の素晴らしさと思われ。
ほとんどの登場人物が、日本の映画を代表するような、豪華なキャスティングですからね。
例えば宮崎あおいさんによる、ちょっと世間ずれしたようなフワッとした不思議な空気感と、実は心に深い傷を負っていてその悲しみを爆発させる様子。
妻夫木聡さんと綾野剛さんの、違和感の無いゲイっぷり。
清純で明るい元気印の役が多い広瀬すずさんが、体当たりで演じた汚れ役。
森山未來さんの、日常の中に狂気を感じさせる演技。
どれもが、見応えタップリでしたよ。
ですから、鑑賞後に妙なフラストレーションのようなものは残りましたが、かといって観なければよかったという気にはなりませんでしたね。
ただチョット気になったのは、一部に沖縄米兵へのヘイト感をあおるような描写があったことで。
もちろんそのシーンは非現実ではなく、実際にも事件として存在する事実ではあるんですが、かなり衝撃的な描かれ方になっているので観る人によっては偏った考え方を植えつけられてしまいかねないかなと。
ですから、そこは感情的にならず冷静に受け止めるよう、この映画だけで軽はずみな意見に走らないよう注意して観て頂きたい気がしますよ。
作品データ
●監督・脚本
李相日
●出演者
渡辺謙
宮崎あおい
松山ケンイチ
妻夫木聡
綾野剛
森山未來
広瀬すず
●日本公開年
2016年
●上映時間
142分